スピリチュアルを探し続けた私が、最後に気づいたこと

知識を集めても、本当の変化は訪れない

「この教えを学べば変われる」「この人のそばにいれば何かが起こるかも」

そう思って、私はスピリチュアルを学び続けた。答え探しをしていた…が正しいかもしれない。

でも、一瞬の高揚感が冷めると、また次のものを探していた。

なぜ満たされないのか?

—— 知識は道具でしかない。それをどう生きるかが本質。

そしてもう一つ。

「誰かの答えを自分の答えにしようとしていた」ことにも気づいた。

—— 他人の答えに従うことは、人生の舵を手放すこと。

答えは外ではなく、自分の中にしかない

探しても、探しても、何かが足りない。

「まだ知らない何かがあるはず」と答えを外に求め続けた。

でも、ふと気づいた。

「私は、本当に自分の本質に向き合ったことがあっただろうか?

私とは何者であるだろうか?」

知識を「正解」にしようとするたびに、本当の自分の声を無視していた。

でも、本当に生きる意味、そして、そこから生まれるやりたい事は、最初から私の中にあった。

—— 「やらなきゃ」と思うものは違う。「気づいたらやっていたこと」こそが、本当の道だ。

そしてもう一つ。

「誰かの意見に流されるのをやめる」こと。

—— 「考えることをやめた瞬間、人は操られる。」

人の意見を聞くのはいい。でも、決めるのは自分自身。

スピリチュアルを「学ぶ」のではなく、「生きる」

気づいたとき、もう誰かの言葉を頼りにしなくてもよくなった。

誰かの教えを「正解」にしなくても、自分の感覚を信じられるようになった。

スピリチュアルは、どこかにあるものを「学ぶ」ことじゃない。

それをどう「生きる」か。

—— スピリチュアルは探すものではない。「生き方」そのものだ。

そして、その「生き方」を決めるのは、自分自身。

誰かの示す道ではなく、自分の足で進む。

それが、私が最後にたどり着いた答えだった。

この記事を書いた人
野口直紀

pontis代表
野口直紀(のぐちなおき)です
真のスピリチュアルを伝えています
ガイドからのメッセージを伝える個人セッション・本当の自分を生きるための講座、グループセッションの提供

野口直紀をフォローする
雑記
野口直紀をフォローする
タイトルとURLをコピーしました